私たちが大切に想うこと

生涯のインテリアパートナーとして

“お客さまの生涯のインテリアパートナーでありたい”――、これが私たちの願いです。

「新生活がスタートする」「部屋の雰囲気を変えたい」「新しい家族が増えた」――、生活の節目ごとに必要となる家具やインテリア。新しい家具を購入するとき、生活スタイルが変わってインテリアを取り替えるとき、そこには迷いや不安が生まれます。

そんなときの頼れるインテリアパートナーが、私たち「TRISHNA JIVANA」です。家具やインテリアを知りつくした私たちは、新しいインテリアの取り入れ方、古い家具の活かし方など、空間やライフスタイルに合った空間のあり方をご提案します。

また家具だけにとどまらず、アートやインテリア小物、グリーンなどのライフスタイル全般にわたってのアドバイスもできる、頼れるパートナーでもあります。

家具やインテリアは、愛情を持って使うことで何十年にもわたって使い続けることができます。決して使い捨てではなく、修理して使い続けることで味わいと深みが増すものです。「家具は使う人とともに育っていく」、これが私たちの考え方です。

より豊かで幸せな生活が送れるよう、インテリアという切り口からサポートできる生涯のパートナーでありたい。それが私たち「TRISHNA JIVANA」が大切にする想いです。

TRISHNA JIVANAのコンセプトとインスピレーション

私たちが大切にしている考え、それが「TRISHNA JIVANA」のコンセプトとインスピレーションです。

コンセプト

“あなたの欲望をカタチにするインテリアブランド”――。これが私たち「TRISHNA JIVANA(トリシュナ・ジバーナ)」のコンセプトです。

サンスクリット語でTRISHNA(トリシュナ)は“欲望”を、JIVANA(ジバーナ)は“生活”を意味する言葉です。TRISHNA JIVANAは、人の心の中にある「こうしたい」という根源的な欲望(TRISHNA)が文化を発展させて、日常の生活(JIVANA)をはじめとした身の回りの環境をより快適な場所へと導いてきた、という根拠に基づいた考えを大切にしています。家具やインテリアを通じて、人々を快適な場所へと導きたいというのがTRISHNA JIVANAの願いです。

生活空間を築くプロセスの中で、お客さまの趣向と欲望に対して真正面から向き合い、可能な限り対応することで、より満足度の高い創造的な空間を築いていく――。これこそが、私たちTRISHNA JIVANAの使命だと考えています。

インスピレーション

欲のはなしをしましょう

欲のはなしをしましょう

欲のはなしをしましょう

私たちは、皆さまの心の内にある“欲”を大切にしていただきたいと思っています。

多くの場合、欲をあらわにすることは不躾で他人に良い印象を与えません。しかし、欲がなければ幸せな時間を手にすることも難しいのではないでしょうか。生活を楽しく豊かにしていく過程には、大きからずとも必ず何かしらの欲望があり、それが目に見えるかたちで芽を出し成長し、実現へとつながっていくと思います。

ゆっくりと読書をしたい。つまりそれは、知的欲求を満たしたいということ。あるいは家族とともに温かな食卓を囲みたい。それは何かに守られ安らぎが欲しいという欲望。自分らしい空間で暮らしたい。それは自我を創造・構築し達成したいという欲望。

皆さまが持っている漠然とした欲望には、それぞれに相応しい生活や空間、インテリアの在り方が存在すると考えています。皆さまの心にある一つひとつの欲が理想とする生活空間を描き出し、それを具現化し欲が満たされることが、皆さまが本当に求める幸せな時間であり、暮らし方であると考えています。

私たちは、皆さまの欲を素直にお話していただきたいと思っています。それが生活を、そしてインテリアを築いていくはじめの一歩だと考えるからです。そしてゆっくりと会話をしながら、欲望が描く漠然とした理想の生活イメージの実現に、少しでもお役に立てればと思っています。

ぜひ、一緒に皆さまの欲のはなしをしましょう。

流されない存在感
流されない存在感

自分らしさを大切にしたい。

好きな場所に住み、好きな服を着て、好きな音楽を聴いて、好きな場所へ旅に出る。周囲の雑音から離れて、好きなものに囲まれて自分自身と向き合える場所も必要です。そうすることで、日々の充足感が満たされ、自分らしさを再確認できるからです。

そんな暮らしは、いろんな迷いを消し去って自分自身に潔く、流されない自分を育んでくれるでしょう。

平らかに暮らす
平らかに暮らす

床に座ると落ち着くのはなぜでしょうか? 

体をうんっと伸ばせるし、水平な広がりが開放的で心地いい。視線が低くなり、平らで天井が高いことに安心や贅沢さを感じて、精神的にも安らぎを覚えるのでしょう。もちろん日本人が昔から持っていた、畳で暮らす和室での生活習慣もあるはずです。

そんな日本人には、低めの平らかな生活がやっぱり合う気がします。

智に耽る
智に耽る

人は考えることで成長するし、成長したいから考えるものです。

知識や知恵を育むための探究心は尽きることがなく、読書や映画、音楽など趣味、嗜好に耽る時間もまた日常に刺激を与え、明日への活力となるでしょう。人は全ての感覚を開放し、入ってくるさまざまな情報から「智」が見えたときに喜びを感じます。

壁一面が本で満たされた空間に、安心や喜びを感じる人も少なくないはずです。そして、いくつになっても智に対する欲求は捨てることができません。

ただ歳を重ねるごとに、智を得る空間も大切にしたくなります。その空間づくりにも叡智を注ぎ込みたいものです。

家族のぬくもり
家族のぬくもり

家族って何か不思議です。

存在感を強く感じることもあれば、空気のようにいるのかいないのか分からないときもある。その距離感がちょうどいいのかもしれません。みんなでテーブルを囲んで食事をしたり、陽のあたる窓辺でくつろいだり。数十年かけて成長した無垢材は、そんな家族の日常にぬくもりと安心感を与えてくれます。

木は体温を宿しているようで、一緒にいて触っていると心が落ち着くし、ひとつひとつ違う木目の表情や使い込むことで深みを増す色は、時間とともに生活に馴染んで、へこみや傷も家族の歴史の一部となって愛着がわいてくるものです。

いつのまにか、家具も家族のようにちょうどいい距離感となり、ぬくもりを共有する家族の一員になるでしょう。

人が集う
人が集う

人が集い、交わることで新たな関係が生まれます。

ITの進歩は人と人とがつながるきっかけを増やし、文字や映像を通して多くの人と速く簡単につながることを可能にしてくれました。一方でそうした世の中の変化は、人と直接会って話をしたり、みんなで集い語らいながら美味しいものを食べたり飲んだりして、同じ時間を共有することの価値を教えてくれた気もします。生身の人間には、距離感があり、表情があり、温度があり、匂いがあり、ニュアンスがある。言葉がなくてもつながる何かがあります。

時間を忘れさせる居心地の良い場所や、雰囲気を和らげる落ち着いた集いの場所は、みんなの距離感を縮めてより濃縮した時間をつくりだし、集う楽しさを演出してくれます。

ありのままを感じる
ありのままを感じる

シンプルと言うと、カタチの単純さと捉えられることが多い気がします。

本当はカタチではなく、素直な思考過程のもとにできたものや、そのもの本来のありのままの姿のことを言うのが正しいと思うのです。そういうものには潔さがあり、削ぎ落とされた心地よさがあります。飾り気がなくありのままだから、木や鉄といった当たり前の素材に改めて魅力を感じるかもしれません。そうした素朴さには、使う人の個性に馴染む余白があるような気がします。

それこそが、日々生活をともにする家具としての正常な姿なのかもしれません。